『合気道と中国武術はなぜ強いのか?』山田英司

 戦う編集長・山田英司氏による待望の新刊です。
 書店で見かけて速攻買ってしまいました。
『武術の構造』『八極拳ノート』に続く、素晴らしい理論書です。
 タイトルは煽り気味ですが、本当は「実戦的」な伝統武術を活かすための考え方・訓練が探求されています。
 「実戦的」というのは、よくある「目突き噛み付きありなら強い」のような空論ではありません。一般的なスポーツ格闘技が、どのような局面の切り取りによって成り立っているのか、その切り取りが必ずしも「実戦的」ではなく、それが故に素晴らしい、という前提があります。当然、組手をしない武術の練習者たちが、実際上あまり強くない場合が多い、ということは大前提になっていて、それならどう活かすのか、が語られている訳です。
 冒頭部分は『武術の構造』『八極拳ノート』で説明されている、局面の切り取りという考え方と、それを現代格闘技で活かすためのアダプター・テクニックという概念が再度概説されます。
 その後に語られる「n:1エスケープゲーム」という練習法が、本書の一番の目玉です。
 山田英司氏は、これまでにも現代の散打試合ルールなどを批判し、それが伝統武術の戦い方を伸ばすことに繋がらず、劣化版キックのようなものにしかならないことを指摘されています。
 では、どのようなルールの組手なら、伝統武術を伸ばせるのか。その問いに対する、(発展途上ではあるものの)一つの答えがここにあります。
 n:1エスケープゲームのnとは「任意の自然数」で、つまり1対2とか3といった可能性を含意しています。
 具体的には、①n:1(素手)②n:1(武器)③n:2(素手)というパターンが基本となっており、このうち③のn:2(素手)がメインとなる、といいます。③はさらに「逃げればいい」フェイズ1と、「戦わなければならない」フェイズ2に整理されます。前者は自分一人の場合、後者は子供や女性、お年寄りなど、連れの人間が逃げるまでは時間を稼がないといけない場合です。
 n:1フェイズ2の具体的ルールは次のようなものです。
①逃げ手は一人、襲い手は二人
②襲い手は右パンチと組み付きのみ(タックルは可)
③逃げ手は襲い手から一本を奪い、時間内(30秒~1分)以内に、室内から逃げれば勝ち。時間切れはドロー。逆に押さえつけられたり、連打を五発食らったら一本負け。
④逃げ手は原則的に打撃禁止。投げで崩し、体捌きで応戦する。ただし足裏ストッピングや掌底でのアゴ押しなどは打撃技ではなく崩し技として使用するのはOK。
 逃げ手の一本勝ちは、相手の顔面近くの床を音を立てて踏む、掌底で音を立てて打つ、壁に顔を押し付け壁を音を立てて叩く、などです。
 このゲームをやってみると、色々面白いことが分かってきたといいます。
①格闘技・古武道経験の豊富な生徒が、相手のパンチに対してガードを固めて固まってしまった
②打撃格闘技経験者が間合いをとって後ろに下がり続け、壁に押し付けられてしまう
③パンチをかわしても襲い手の間に進んでしまってフルボッコ
④投げられて倒されフルボッコ
⑤自分が投げても、同体で倒れる投げだと同じくフルボッコ(グレコ・ローマンスタイルの方が有効!)
 ここから、このルールで必要なのは以下のような能力だといいます。
①足を止めない、動きまわる能力
②両者の外に回る判断力と回る能力
③瞬間に崩し、投げるか、倒すか、飛ばす能力
④とどめを刺す能力
 こうして見ると、中国武術でよく見られる突き飛ばすような動作が非常に有効であることが分かります。套路の用法などを見ると「子供の喧嘩かっ」という感じがするのですが、一人を盾にしつつ飛ばしてもう一人にぶつけてしまえば、それだけで時間が稼げますし、二人を同時に止めることができます。ここから逃げることもできるし、一人が陰になっている状態で前の一人に止めを刺すこともできます。
 これを実現し、対応していくには、
①パニックを経験する
②パニックの中でも一つ技を出す
③成功体験を基に自分の核となる技を作る
 ことが重要だといいます。
 ここから、
①動く能力
②瞬間的な崩し
 が武術において基本的重要性を持つとし、その具体的方法が検討されていきます。
 この崩しの技法について、①封手②封身③化手④化身という整理法が導入されますが、別に新奇な技を言っているのではなく、伝統技術を整理するための概念体系です。具体的には、主に中国武術の伝統的技法が紹介されます。
 ここからは、中国武術を学んだことのある人間には「そういう意味だったのかっ」という発見が色々とあります。逆に言うと、中国武術を知らないと今一つピンと来ない部分も多いかと思うのですが、具体的な技法解説になるので、他の武術を学ぶ方にも参考になります。
 総じて見て、いつもながら素晴らしいの一言で、間違いなく「買い」です。
 対応する技を限定する、あれこれやろうとしない、というのも非常に頷けます。その割には、技法解説は結構ボリュームがあり、色々な技術が紹介されているのですが。
 n:1エスケープゲーム等は、形だけならすぐにでも真似できそうですが、練習環境によっては難しいでしょう。やはりできれば山田先生のところなどで学びたくなります。
 自分は、ちょっとコレだけ導入してみましょう、というのは今の環境では言い出せないので、誰か一緒に練習して欲しいです(笑)。

4809410994合気道と中国武術はなぜ強いのか? (BUDO‐RABOOKS)
山田 英司
東邦出版 2012-12-26