『澤井健一の遺産―太気拳で挑む』高木康嗣

 太氣拳系はいくつかの団体に分かれてしまっていますが、おそらくその中でも最大規模とおもわれる至誠塾の高木康嗣先生の本です。
 内容は、
第一章 太気拳とは何か
第二章 私の太気拳修行
第三章 太気拳上達のシステム
第四章 上達論
第五章 対談 岩間統正 高木康嗣
 となっていて、うち第一章は太気拳の基本的説明なので、既にご存知の方も多いでしょう。
 第二章では今まで知らなかった澤井健一先生のエピソードも紹介されていて、なかなか面白いです。凄いのが、澤井先生の試声についての次のエピソード。

 澤井先生は企業の社長さんたちと、少なくない金額で賭麻雀をすることがよくあったらしい。小技を使わない澤井先生はいつも役満狙いだったそうで、一緒にやっている友人達はそこそこの金がかかっていることもあって、胸をどきどきさせながら澤井先生の一挙手一投足に注意を払っていた。そしてある時、仲間の一人がおそるおそる自分のパイを振り込もうとした瞬間、うれしさのあまり例の「ポンッ」という試声が無意識のうちに澤井先生の口から出てしまったのだ。その瞬間、その友人は心臓を押さえたまま倒れてしまい、なんとそのまま心臓発作で亡くなられてしまったという。こんなことが一度ならず、二度もあったというのだ。

 正直、にわかには信じがたい話なのですが、澤井先生ならあり得るのかもしれません。正に手を触れずに倒す神業!
 第三章・第四章では高木康嗣先生の武道論が語られていて、現在の至誠塾のかたちがなぜあるのか、説明されています。かつて組手で兄弟子を倒しまくることで貴重な才能を潰してしまった才能から三年間組手を禁じること、太気拳は感覚の拳法であること。この方針のためか、高木先生の柔和な印象(でも組手の時は凄く怖いと聞きます)のためか、至誠塾は現在の発展を見ているのでしょう。
 裾野を広げ母体数を確保しないとトップのレベルも上がらない、ということもあるのでしょうが、同時にこういう方針をあまり好まない先生方も存在します。その辺に組織が複数化してしまった事情もあるのかなぁ、と推測しますが、本当のところは何も分かりません。
 至誠塾は和気あいあいした雰囲気がありそうで、惹かれるところがあるのですが、週一回の稽古で本当にいいのか、三年も組手をしないで大丈夫なのか、という疑問もあります。もちろん、そんなことは織り込み済みで現在の体制を取られているのだと思いますが・・。

4892247383沢井健一の遺産―太気拳で挑む
高木 康嗣
福昌堂 1999-12